ガバガバ思考体系

主に野球について、特に巨人に関して、ガバガバな考えを述べていくブログ

vs 中日 ●4-6 今日の継投に関する誤解について

書きたいことがあったので

 

今日は梅津のナイスピッチングとビシエドのハードキャリーに負けた。しかしその中で3人の投手を試すことができたのが収穫だったと思う。

 

しかし、今日の試合の感想で「昨日今日でこんな総力戦みたいな継投をしていて今後大丈夫か?」みたいな声があがっているのを見て驚かされた。中日ファンが内部事情も理解せず適当に言ってるんだろうな、ぐらいにしか捉えていなかったが、巨人ファンまで言っているのには、いやちょっと待ってよ、となった。

 

原監督の立場になって考えてほしいが、昨日今日で先発が早い段階で降りて、どうやって投手を使わずに乗り切れるというのか?

 

彼らは、堀岡宮國藤岡が2イニングずつ投げればよかったじゃん、と言いたいのかもしれないが、今日昇格で状態が見えない堀岡はともかくとして、今の宮國と藤岡にそれを期待するのはあまりに皮算用が過ぎるし、答えは結果で明らかになっただろう。宮國も藤岡もなぜ今まで僅差で出てこなかったのかが理解できるような投球をして、鍵谷、澤村、果てはデラロサまで投げさせることになった。

 

いやピンチになっても宮國と藤岡を変えるなよ、というのであれば、あの状況で宮國と藤岡を続投させて、もし打たれた時にあなたは「しょうがない」と言えるのか?

 

もし今日を完全な捨て試合にするのであれば、宮國と藤岡を規定のイニング投げさせただろう。しかしプロ野球はエンターティメントであり、ファンあってのものということになっている。そんな中で明らかな捨て試合を作ることができるのか?特に全国で最もファンが多い巨人という球団でそれができるのであれば大したものである。

 

そういったことを考慮にいれれば、原監督はうまく捨て試合であることを隠したな、と思う。「昨日今日でこんな総力戦みたいな継投をしていて今後大丈夫か?」というファンがいることがその証明だ。

 

原監督が今日本当に勝ちに行くのであれば、堀岡、宮國、藤岡を投げさせることはなかっただろうし、そもそも原監督が勝ちに行く時、シーズン終盤、ポストシーズンにおいて、宮國や藤岡のような現状僅差で投げられるのか不安が残る投手を1軍に残しておく、ということはありえない。

 

俺も原監督が去年再々就任するまで、あまり理解していなかったことなのだが、原監督は積極采配ばかりが目立っているものの、ちゃんと先を見据えて戦っているのである。

 

毎年の打線、今年も1番をコロコロいじっていることからも分かる通り、原監督は中盤までチームの形を固定しない。色々試していきながら、そのシーズンごとにベストな形を見つけて、それで戦っていく、という運用をしている。去年のリリーフ陣の変遷もそれを如実に示していただろう。誰があのシーズン開幕の陣容からポストシーズンの陣容を予想できたのか?

 

俺はこのブログで幾度となく言っているが、ペナントレースは全勝しなくても、勝率5割6分程度あれば優勝できるのである。逆算すれば、今シーズンであれば50試合は負けられるし、原監督はこれを念頭においた運用をきちんと行っているように見える。この50試合をどのようにうまく使って負けるのか、ということが重要であり、今日は現状敗戦処理の2人(堀岡は今日限定の緊急登板らしい)がもしかしたら前回のピッチングを反省して僅差で使えるかもしれないテストをしながら、持ち前の積極采配で8回裏に1点差まで追い上げた。うまく捨て試合を作ったと思うし、責められるべきは継投云々の前に3回途中で降板させざるをえなかった先発投手だろう。

 

宮本コーチの談話によれば、大竹が堀岡と交代で上がってくるらしく、まだ宮國と藤岡にはチャンスをあげる、ということなのだろう。少なくとも1度登板が飛ぶ田口の代わりの先発が上がってくるまでにどれだけ良い投球を見せられるのか、彼ら2人にとって非常に大事になってくるし、もしかすると最後のチャンスかもしれない。

 

長くなってしまったが、監督やコーチの意図を全く汲み取らず、表面上の結果だけを見て条件反射で批判をするのだけはやめていただきたい。これは別に巨人だけに限った話ではなく、監督批判を毎日行う野球ファンにも提言したい。少なくとも12球団の監督は1ファンに過ぎないあなたより現場のことを何十倍も理解しているという大前提を忘れないでほしい。

 

そういえばデラロサがアクシデントで途中降板ということになってしまった。どこの球団も主力の怪我人が目立つ悲しいシーズンである。彼が無事であることを祈る。